1985年8月12日、未曾有の航空機事故が起きてしまいました。
国内の事故としては最悪の、520名もの命が失われました。
日航機123便墜落事故。
当時、僕は小学校3年生で、夏休みのため九州の祖母の家にいました。
今でこそテレビは一晩中やってますが、昭和60年のテレビは深夜0時には放送が終わり、「砂嵐」になってたものでした。
12日の19:00ころにレーダーから消えた123便は、各局の臨時ニュースでさかんに報道され始めます。僕の記憶には、普段はやってない深夜のテレビでひたすら乗客搭乗名簿を読み上げるアナウンサーの声が、重大さを持って響き続けています。
4名の生存者をはじめ、犠牲となった方々をあの急峻な御巣鷹の尾根から運び出した方々。地元消防団、警察、消防、自衛隊の皆さん。
最後まで懸命な操縦を続けたクルーの皆さん。
犠牲者の身元確認に当たった医師、看護婦の皆さん。
事故の記録や動画を見ていると、想像を絶する作業であったことが窺えます。
大きすぎる困難にあたって尽くされる人々の力、ただただ頭の下がる思いです。
この事故を知らない若い世代の方は、ぜひ知って頂きたい。
とてつもない命の実話に圧倒されてください。
心ない人々の声も含めて現れる「ニンゲンの猛烈さ」は、きっと何かをもたらす事でしょう。
心よりご冥福をお祈り致します。